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理事エッセイ

2024年4月
「企業変革とリーダーシップ」代表理事・会長 真茅久則 富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 取締役会長


昨今のビジネス環境において、企業が持続的な成長を続けていくためには、常に企業変革が求められていることは論を俟ちません。この企業変革を行っていく上での難しさ、求められることなどについて私の考えを述べたいと思います。
 
■企業変革の必要性
企業変革の必要性には、さまざまな要因が存在します。まず経済環境の変化が挙げられます。市場競争の激化やグローバル化の進展により、企業は常に新たな戦略やビジネスモデルを模索しなければなりません。これまでのやり方では、市場での競争に勝つことが困難になっています。
例えば、デジタル化が進展し、インターネットやスマートフォンの普及により、市場や顧客のニーズも大きく変化しています。生成AIを活用した新たなサービスも爆発的に拡大しています。企業はこれらの新しい技術を取り入れ、顧客に最適な体験などを提供しなければなりません。変化に対応せず古いやり方にこだわり続けると、顧客の期待に応えることができず、競争から取り残される可能性が高まるのです。
さらに、企業変革の必要性は、組織の効率性とイノベーションの促進にも関連しています。従来からの組織構造やプロセスは、成長を妨げる要因となることがあります。変革により、組織の非効率な部分を改善したり、意思決定のスピードを上げることで、企業のパフォーマンスを向上させることができます。
これらの要因から、企業変革は不可避であり、むしろ絶えず進化しながら変化に対応することが求められます。競争力を維持し、企業の発展を促進するためには、古いやり方に固執せず、新たな戦略やビジネスモデルを構築し、企業を変革する必要があります。
 
■企業変革の難しさ
企業変革の必要性も十分に理解し、その実現に向けて新たな戦略の策定・実行を進めても簡単にはうまくはいきません。企業変革が難しい理由は多岐に渡りますが、私が考える大きな理由を2つ挙げたいと思います。
まず、企業文化や習慣が変革への抵抗を生むということです。「Culture eats strategy for breakfast」という有名な言葉があります。これは経営学者ピーター・ドラッカー氏の言葉ですが、戦略がいかに優れていても、企業文化がその影響力を上回ることを指しています。企業が新たな成長を目指すために戦略を策定することは重要ですが、戦略が実際に成功するかどうかは、企業文化によって大きく左右されるのです。企業文化は、従業員の価値観や行動様式を形成し、組織内での風土や相互関係を醸成します。そのため、戦略が進められる過程や組織内での意思決定において、企業文化が重要な役割を果たすのです。この長年にわたって築かれた伝統や組織体制、定型的な業務フローに依存している企業は、新たなアイデアやアプローチに対して抵抗を示すことがあります。これは、変革にあたって既存の従業員が不安や不満を抱き、新たな方向性への受け入れが進まないことで、変革が遅々として進まなくなる原因となります。
また、「成功は復讐する」という罠もあります。企業の優れた成功体験が、結果として次の成功を阻むことを意味します。過去の成功や優位性を過信し、変革に取り組むリスクを軽視する傾向に陥ることです。成功への自信は企業経営にとって重要であり、企業の成長意欲や市場プレセンスの確立に欠かせません。しかし、成功体験からくる過信が強まり、盲目的な企業経営に陥って市場の変化を見逃してしまうと、その成功が復讐することになるのです。
当社の場合は長く成長を続けてきたために、環境が変わっても成長を前提とした機能別組織が残り、一人ひとりの仕事も非常に細分化されたものになっていました。従来の仕事のやり方を踏襲することも多く、新しいことにチャレンジしなくなっていたと思います。この価値観、行動様式を一朝一夕に改革することは難しいですが、歴史を振り返り自社に根付いている企業文化とマインドセットを明確に把握しておくことは、変革の第一歩だと考えます。
 
■企業変革の成功に求められるもの
では、企業変革の難しさを乗り越え、成功させるために必要なものとは何でしょうか。私はやはり強いリーダーシップの存在が最も大切だと考えています。リーダーシップは、企業全体を変革の方向へと導く役割を果たし、メンバーやステークホルダーの協力を得るために重要な役割を果たします。ここでのリーダーシップとは経営者だけに求められるものではなく、ミドルを含めた全員で企業変革を推進するという積極的な意思全体を指します。そのリーダーシップが果たす重要な役割は、ビジョンと目標を明確に示すことです。そしてビジョンと目標の共有は企業全体の一体感を醸成し、変革の成功につながる重要な要素です。富士フイルムグループの場合も、1980年代末に当時40歳前後のミドルが写真フィルム事業からヘルスケア事業へと技術戦略を軸とした企業変革の道筋を示したことが、従業員全体に変化の必要性を植え付け、今日の変革に繋がっています。企業変革に繋がる新しい戦略とは、従業員の価値観を変え、組織体制を変え、企業文化を変えることまでを見越した戦略の策定・実行とならなければならず、それを進めることができるのはまさに企業全体で発揮する強いリーダーシップだと考えています。
しかし、従業員の思考や信念、態度のパターンを形成し、行動に大きな影響を与えているマインドセットを変えるということはそれほど簡単ではありません。マインドセットは、成功の可能性を高めるか、逆に制約や障害を生じさせるかによって企業のパフォーマンスに大きな差をもたらします。トップが変革の可能性を信じ、マインドセットを変えることの重要性を従業員に伝え続けることで困難を乗り越える意欲や自信を持つことができるのではないでしょうか。危機感だけでは企業変革は実行できません。新しい戦略と言動の一貫性を通じたマインドセットの変革も企業変革には必要なのです。